醤油プリン丼

そもそもプリンはあまり好きではない

エモーショナル早死に

 

 

 メロスは絶望していた。

 

 起きたら行くはずだった舞台の開演時間を一時間も過ぎていた。これがセリヌンティウスの処刑時間だったらとっくに死んでいる。

 

 頭が真っ白になった。もう無理では? と思い、行くのをやめようかと思った。それから9700円というチケット代とニートである現状を鑑み、何時間の舞台なのかを調べ、結果として家を飛び出した。

 休日出勤が急に入った人みたいな服装で劇場に急ぎ、1時間弱だけ舞台を見た。舞台は良かった。主演(推しグループのメンバー)、めっちゃ鼻が高くて脚が長くて顔が綺麗だな……。と思った。ドラマによく出ている分舞台向きのイメージがなかったが、舞台にも映えるな〜〜。最初から観たかったな……。原作を履修していたためどういう場面かなどはギリわかったが、今後オリジナルの舞台でこれやったら終わりだな……。いや今回も終わってるが……。

 何を言おうとしても自分の愚かさに帰結していく。情けなさすぎて涙が出る。書いている今も思い出すと気が落ちてくる。

 オタ垢で半分見ていないせいでどこか的を得ない観劇ツイートをしながら三駅分歩いた。このまま帰ったら虚無に呑まれそうだったから所在なく歩き続けた。

 わたしだって落ち着きを得た昼夜逆転のない生活がしたい。

 落ち着きを得たい。

 

 落ち着きを……。

 

 というわけで落ち着くためにシーシャを吸いに行った。

 落ち着きから連想したのは嘘ではないが、往復の移動時間よりも何かをした時間の方が長くなりたかったのもあった。

 うっすら暗くなった空と、見合わぬくらい眩しい建物たちの間を彷徨きながら目的地を探す。客引きはやめましょうという看板とアナウンスを尻目に客引きをする人たちを通り抜けて、雑居ビルに入った。めちゃくちゃ狭い階段と別の階の店の前に集まっている人たちにビビりつつも階段を昇り、目当ての店に入った。

 コンクリート打ちっぱなしの内装の店で立ちすくんでいると沢山ピアスを付けている店員さんに案内をされる。ガチでヤバいコミュ障だった数年前よりはマシになったはずだが、未だに個人経営とか小さめの店に入った時の挙動不審さはどうにかしたいなと思う。

 片側にカップルの座っているL字のソファに案内されて説明を受ける。「なんか吸いやすいフレーバーとかあるんすか?(裏返った声)」と聞けば「好きなフルーツとかだといいんじゃないですかね」と返されたためとりあえずピーチにした。好きな果物と言われると咄嗟に何も出てこなかったためである。好きな果物って……何だ……?レモン……はレモンサワーが好きなだけだしな……。

 

 しばし待てば、サブカルたちが画像を載せている通りのシーシャが運ばれてきた。うおー。なんとなくワクワクしながら教わった吸い方を実践してみて、めっちゃ濃い煙を出した。店員さんが「何回かやってれば慣れると思います」と言ったのでやっぱ何かしらが違うんだなと思う。

 落ち着かね〜〜。とりあえず何度か吸って、最初とそう変わらない煙を吐いてそう思った。チルれるって聞いたんですが。視界に入るカップルやカップルやカップルがリラックスしている対比のように落ち着かなさを募らせつつ、道中で買ってきた檸檬クラフト青(近所では売っていなかった限定味)を開けた。ノーマルの黄色より爽やかで美味しかった。

 30分ほど経って慣れてきたのか、丁度良い塩梅の加減がわかってきた。自分の感覚よりも躊躇わずすぐ息を吐き出すこととかキャパを超えて吸いすぎないこととか。当たり前かもしれないけど非喫煙者シーシャ未経験なので自然な感じを会得出来ていなかった。これが自然なのかは謎だが。こうなると濃すぎてむせていたからわからなかった煙の甘みを感じられる。深呼吸慣れしてなかったためうっすら酸欠もあったのかもしれない。フルートが吹けなくて体験入部中にめちゃくちゃ酸欠になった中学一年生の頃を思い出した。

 臭すぎない煙たさとそこから香るほのかな甘さ、あとニコチンのせいなのか酸欠のせいなのかわからない落ち着きとアルコールまで入って、かなりチルを“理解”った気がする。脳がうっすら溶けている〜〜〜〜。わ〜〜〜〜。わたしは酒飲むとわりとテンションが上がりはしゃぎ失言からゲロから飛び出るタイプですが、この時の楽しさはダウナー寄りというかかなり穏やかな気持ちだった。一缶で酔いが回ってはいたけど、これ以上飲んでいたら落ち着いてたのか浮かれていたのかはちょっと気になるところだった。ソファにもたれ卯月コウのキモい動画をフォロワーに教えていたことは、今思い返すと落ち着いてもこんななのかよというところはあるが。

 

 最近の若者はタバコを吸わないという話を思い出した。わたしが見たその文章では「それでも今わざわざ吸うやつはエモさが理由」とかって書いていたような気がする。現代には落ち着く方法なんて溢れるほどあって、ぼんやりずっと続く快楽だってそれこそソシャゲなんかで代用できる。お金がないことも理由の一つかもしれないし、害が騒ぎ立てられて今のアニメやドラマでは喫煙者はほとんどいない。

 わたしが煙草を吸わないのは父が家の壁の色が変わるほど吸っているマイセンがめちゃくちゃ煙くてマイナスイメージがあるからだ。そんなわたしがタバコと変わりないかもしれないシーシャを吸ってみたかったのはやっぱりちょっとエモさを感じていたからだ。だから百害ばかりが目立つ中での今、タバコを吸い始める人たちの一利はエモさなのかなと思った。昔の洋画だの煙たい昔ながらの喫茶店なんかが理由で寿命を縮める若者という構図自体がどこか倒錯的で、自分ですらも物語の一部分のように感じられるのかもしれない。

 まあわたしは常用する気はないんだけど。家の煙たさと勝手に肺を黒くされている不快さがカッコよさに勝るので。ただ、こうやって喫煙者(という呼び方が正しいのかは知らない)が集まる場で、中毒にならない程度に、いつかまた他の味を試してみるのは悪くないかもしれない。設けられた制限時間近く、味の薄まってきたシーシャを吹きながらそんなことを考えていた。立ち上がって、会計を済ます。狭い階段で踏み外しかけて別フロアに入ろうとしていた人たちから二度見され自分でもめちゃくちゃ酔ってるんじゃないかと危惧したが、すっかり暗くなった外の夜風に吹かれて歩いているうちに酔いは醒めていった。

 入る前とは別のコンビニで檸檬クラフトの青と黄を買って、駅前で警官が来るような騒ぎを見て少し面白くなりながら(ヤバい人を見ると笑ってしまう癖がある)、帰路についた。明日からは落ち着きを持って生きていこう……。泣きたいような情けなさをチルで誤魔化して、なんとか前を向いた。

 

 ちなみに一週間後の今日ですが18時に起きて3時にこれを書いています。もうおしまいだ…………。